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○ 「政治の玄人、政治家や官僚だと現状に慣れ親しんでいて危険な改革は避けようとする人が多い。」(堺屋太一) ○ 「かんじんなことは、目に見えないんだよ。」(星の王子さま サン・テグジュペリより) ○ 「祖父は、どんな人間もそれほど差はないのだから、他人が見下している人を見上げるようにと教えてくれた」(「マイライフ」ビル・クリントン著より) ○ 学校で学んだことを一切忘れてしまった時に、 ○ 「みんなが空気を読み合って、惰性でそのまま続いていた」(原発危機管理が不十分なことについて:北澤宏一・福島原発事故独立検証委員会委員長) ○ 「いくら、マニュアルを整備しても限界はある。多様な人々の知を触発する。対話を触発する。そして、参画させる。組織の総合力を機動的に発揮するというリーダーが欠けていた。」(原発事故の危機管理について:野中郁次郎・一橋大学名誉教授) ○ 歳を取ることは山登りに似ています。 ○ 批判なきところに進歩なし。 ○ 家族はどんな詮方ないことがあってもやめることはできん。 ○ 「何かに挑戦するリスクを恐れるより、何もしないことのリスクを恐れなくてはなりません。」 ○ 苦しみの報酬は経験。人間は経験からすべてを学ぶ。 ○ 八方美人は八方塞がりに繋がる。 ○ 「政治の世界では、権力の座につかなければ、政策を実行できない。だがそのためには、泥にまみれてしたたかに泥水を飲むことになる」(ヨシュカ・フィッシャー独緑の党代表「ブラックスワン降臨」手嶋龍一著より) ○ 「大国が互いにしのぎを削る冷徹な世界にあっては、力を持つ者こそが正義なのである。力を持たない者は自分の存在そのものが悪だと決めつけられないように振る舞うのが精々のところなのだ」(「ブラックスワン降臨」手嶋龍一著より) ○ 下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ。(小林一三・阪急電鉄創業者) ○ 人間はいかに円(まる)くとも、どこかに角がなければならぬ。(渋沢栄一) ○ 太い筆で細かい字を書く。これが人生を渡る秘訣だ。(安岡正篤) ○ 金の苦労を知らない人は、その人柄がいかに良くても、どこか食い足りぬところがある。人の苦しみの察しがつかぬからである。(森信三・哲学者) ○ 己より賢い者を集める方法を知る男、ここに眠る(D・カーネギー、自身の墓標に刻んだ言葉) ○ 自分で薪を割れ。二重に温まる。(ヘンリー・フォード) ○ アイデアの良い人はたくさんいるが、それを実行する勇気のある人が少ない。我々は、それをがむしゃらにやるだけだ。(盛田昭夫) ○ 楽観的に構想を練り、悲観的に計画し、楽観的に実行する。(稲盛和夫) ○ 人間の頭の中身など、もともと大差などない。最後はいつも本人の努力×時間。(藤田田・日本マクドナルド創業者) ○ 明確な目標を定めたあとは執念だ。ひらめきも執念から生まれる。(安藤百福・日清食品創業者) ○ 私の頭の中に創造力というバッテリーが詰まっているわけではない。苦し紛れの思いつきなのである。(本田宗一郎) ○ 松下電器は人をつくる会社です。あわせて電気製品をつくっています。(松下幸之助) ○ 仕事をすると疲れが休まるという境地を、多少とも味わえるようになれば本物であろう。(松下幸之助) ○ 憎まれ役はわしが一切引き受けるから、がんばれ。(松永安左ェ門) ○ 男一匹、相手を殴るような気迫がなければ、いい仕事はできない。(永野重雄) ○ 険しい道を楽しむ心意気 ○ 「奢り」は、事実を見る目を曇らせる。 ○ 怒りの扱い次第で、それは、暴力・犯罪・テロにも、改革・成長・平和にもつながる。 ○ 至誠、天に通ず ○ 「死こそ生命がもたらした、この世で唯一最高の発明だ。死は古きものを取り除き、新しきものに道を譲る」(スティーブ・ジョブズ) ○ 「人生は短い。他人のいいなりになるな。常識にとらわれるな。周囲の雑音に惑わされるな。そして最も重要なのは、勇気を持って心の声や直感に耳を傾けることだ。何者になりたいのかは、自分自身が一番よく知っている」(スティーブ・ジョブズ) ○ 「人間の最高の贅沢は人間関係である」 (『星の王子さま』で有名な作家サン・テグジュペリの言葉) ○ 「メメント・モリ」 (ラテン語で「死を記憶せよ」という意味。いつか死ぬと常に考えていれば、限りある命なのだから、自分のやるべきことをやらなければと思うし、他人に対しても配慮できる人間でいられる) ○ 最悪は最善への道 最善は最悪への道 ○ 人を責めるがごとく自分を責めよ。自分を許すがごとく人を許せ ○ 「政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である」「現実の世の中が―自分の立場からみて―どんなに愚かであり卑俗であっても、断じて挫けない人間。どんな事態に直面しても『それにもかかわらず!』と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への『天職』を持つ」 マックス・ヴェーバー『職業としての政治』 ○ 命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るもの也。此の仕末に困る人ならでは、艱難をともにして国家の大業は成し得られぬなり。『西郷南洲遺訓』 ○ 人生とは夢見ることである。敢えて成否は問わない。 ○ 未来を予測する最善の方法は、未来を創り出すことだ。 ○ これを知る者は、好む者に勝てず、好む者は、楽しむ者に勝てない。孔子『論語』 ○ かけた恩は水に流せ、受けた恩は石に刻め ○ 人生は時間より、思い出の数 ○ なぜ、自分でしないのか。疑問を感じた人間が、その疑問を解決すべきだ。 得度の際にお世話になった西片たん雪ご老師(現・妙心寺派管長猊下)とは、若い頃から親しくさせていただいているのですが、2人でお酒を酌み交わしていると、ご老師がこんな話を聞かせてくださいました。 ある時、若い雲水がご老師に、「地獄、極楽というものは本当にあるのでしょうか」と尋ねたというのです。禅宗と言うのは、来世のことについてはほとんど教えないからでしょう。その雲水は問います。地獄に行くと閻魔大王や怖い鬼がいて、人が現世で犯した悪行の報いを受ける、一方の極楽は大変素晴らしい所だと子供の頃から聞かされてきましたが、そんなものが本当にあるのでしょうかと。 ご老師はすかさず、「うむ、確かにある」と答えます。雲水は「どんな所なのですか、地獄と極楽というのは」と聞きます。そして、ご老師は静かに語り始めました。実は、地獄も極楽もちっとも変わらない。少し見ただけでは同じような場所なのだ。けれども、そこに住む人たちの心が違う。 例えば釜揚げうどんはとてもおいしいだろう。地獄にも極楽にもそれはそれは大きな釜があって、お湯がぐつぐつ煮立っている。うどんを湯がいているその大きな鍋の周りを、腹をすかした者たちが10人も20人も取り巻いている。手にはつけ汁のお椀と2mもある長い箸を持っている。ここから先が違うのだ。 地獄では、みんなが我先に争って箸を突っ込む。何とか、うどんをつかむことはできるのだけれども、箸が2mもあるものだから手元のつけ汁のお椀にまで持ってくることができないし、食べることもできない。そうこうするうちに、向こう側にいる者が箸先に引っ掛かっているうどんを横取りしようとするので、「それは俺のもんだぞ、食うな」と怒り、相手を箸の先で叩き、突く。すると「何を、この野郎」と相手も突き返してくる。 そんなことがそこらじゅうで始まって、うどんは鍋から飛び散ってしまって、誰も1本も食べられずに、殴り合いの喧嘩が始まってしまう。もう阿鼻叫喚の巷と化してしまうのだ。それが地獄なのである。 では、極楽というのはどうなっているのか。極楽にいる者は皆、利他の心、他人を思いやる美しい心を持っている。2mの箸でうどんをつかんだら、釜の向こう側の人のつけ汁につけて、「さあ、あなたからお先にどうぞ」と言って食べさせてあげる。すると、今度は向こう側の人が同じように自分に食べさせてくれる。1本たりともうどんを無駄にすることなく、みんながおなかいっぱい食べられる。 地獄と極楽は確かにある。人の心のありさまがそれらを作り出すのだよと、ご老師は若い雲水に話して聞かせたというのです。 |